ETH教育事情
こんにちは、スイスに留学中の五木田です。
今回はETH Zürich での自分の経験を紹介して、大学の様子を読んでくれる人たちにも知ってもらえたらと思う。
スイスの氷河を写真で撮る授業。写真を現像して録音した音と組合せて作品にする。
ETH Zürich(スイス連邦工科大学チューリッヒ校)といえば、建築にとどまらず世界中の理系学生には言わずと知れた名門校だ。姉妹校のEPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)と並んでスイスでは2つのみの国立大学である。国の政策をサポートすることもあるというくらい国内での存在感は大きい。とくに経済力、資金力みたいな部分には日本の大学とは比べ物にならない大きさを日々感じる。
正規の学生数はドクターを含めて2万人ほど。入試無し、年間10万円ほどの安い学費もあって、はじめにたくさんの学生を受入れるが、厳しいテストで徹底的に学生を削っていくスタイル。秋冬セメスターの授業期間を例にすると、12月末に大学の授業はすべて終了するが、テストは2月初めから半ばにかけてある。テストが終われば数日ですぐに次のセメスターが始まるタイトスケジュールで、学生に休む間を与えない。春夏のセメスターもほぼ同じ。そのせいもあってか、多くの学生はとても真面目で努力家な印象だ。
設計スタジオは教授単位で開かれており、各教授がそれぞれにテーマを設定している。敷地や課題内容はセメスター開始前に建築学科ウェブサイト内に発表され、学生は決められた期間に希望登録をする。スタジオの系統がはっきり別れている訳ではなく、教授がどんな方向性をもっているかで内容が決まっている。教授自身がそれぞれのテーマを独自に設定するので、毎回バラエティに富んでいる。
毎年10月頃にある、昨年の優秀作品の展示。ここで去年どんなスタジオが開かれたか知ることができる
現地の学生たちは前回までの評判や展示されていた作品内容から、だいたいの内容を把握しているようだった。
「あの教授のスタジオはディテールの議論ばかりで、僕には物足りなかったよ。」
「アシスタントがエンジニアだったからデザインの議論ができなくて困ったわ。」
なんてシビアな評価が友人たちの口からこぼれることもしばしば。セメスターでがらりとテーマが変わったりするので、実際に取ってみないとわからないことも多い。
スタジオのポスター例。左が2016/2017年秋冬、右が2017年春夏に筆者が参加したもの。
また、スタジオはそれぞれサブテーマをもっており、外部の人やアシスタントが別に行うレクチャーもスタジオの内容に含まれている。例えば、建築ディテールに関するレクチャー、構法のレクチャー、構造のレクチャーなど。アシスタントは2〜4人ついており、ほとんどが外部で働く建築家や構造家、エンジニアであることが多い。3ヶ月あるセメスターの中で、最初の1月はテーマに合わせたエクササイズや、リサーチ、ワークショップなどが組まれる。その後、後述のセミナーウィークによる小休止があったあと、本格的な設計課題に入るのが通例のようだ。
2017年春のセメスターに自分が参加したのはChristophe Girot(クリストフ・ジロ)というランドスケープアーキテクトの教授のスタジオ。建築デザインではなく、ランドスケープがテーマのスタジオだ。サブテーマは3Dビジュアライゼーション。ライノセラスとシネマ4Dをつかったスタディとパース表現が義務づけられていて、ソフトの使い方のレクチャーが授業に含まれている。アシスタントは建築家が2人、ランドスケープアーキテクトが1人、Ph.Dが1人の計4人。日々のエスキスやレクチャーは彼等が担当する。学生は20人で2人1組のチームを組む。このスタジオではほとんどの学生がスイス人、留学生は自分を含め3名だった。
自分のグループの作品。背景の山や湖は、大学が用意した実際の地形の3Dモデリングデータを使用したもの
個人の感想としては、スタジオの比重がデザイン50%、ソフトなどテクニカルな部分が50%だったため、デザインに労力を割けずに不完全燃焼だった。ただ、ランドスケープデザインという日本ではまだあまり扱われない分野に触れられたこと、3Dモデリングや新しいソフトウェアを使って設計に取り組めたことなど、新しいことだらけでとても刺激的だったのは間違いない。
建築学科の授業はかなり幅が広く、CADなどのソフトウェアのレクチャーから、写真、絵、デジタルファブリケーションの授業など様々ある。構造デザインの授業だとスタジオのようにチームを組んで設計する授業などもあり、成果物がホールに展示されていたりする。
特にスタジオと並んで名物授業となっているのが、「セミナーウィーク」だ。
教授がそれぞれのテーマに沿って1週間程度の旅行を企画。学生は事前にサイトに掲載される情報をもとに好きな教授の旅行に登録申請できる。スタジオの教授と同じものをとってもいいし、別でもいい。費用は学生持ちだが、お金を払うだけでアシスタントがツアーを全部組んでくれる上に単位ももらえる。単なる授業なので履修しなくてもOK。ただ、どの授業も普段中々行けない所に案内してもらえるのでかなりおいしいツアーになる。
ツアーによって事前にブックレットが用意されるのも特徴で、旅の行程とテーマ説明、リサーチ資料などが載っている。すべて各教授のアシスタントが準備していて、初めはその準備の良さに驚かされた。
セミナーウィークのブックレット。参加した学生全員に無料で配られる
例えば今回のセメスターに自分が参加したのは、スタジオと同じくジロ教授の授業。行き先は地中海に浮かぶフランス領の島、コルシカ島。テーマはランドスケープと音。
コルシカ島の特徴的なランドスケープ、街、集落をまわりながら、各地で学生がそれぞれ気になった音をレコーディングする。集めた音について議論したり、みんなで音を再生してジャムセッション、目隠しをして街を歩いて体感するなど、ツアーだけでなく音をからめたエクササイズも含んだかなり変わった指向のものだった。
ブラインドウォークの体験風景。指を鳴らしたり拍手したりしてどんな場所にいるか探る
サウンドレコーディングの様子。伝統楽器の演奏を録音している。
ETHの建築学科マスターの授業には、とにかくたくさんの分野、チャンス、経験が用意されていると感じた。学生はそれを好きに選び取っていい。学生は自分の興味からたくさんの情報に触れることができるし、進む方向を途中で変えることもできる。新しい分野も柔軟に取り入れていて、授業が毎回アップデートされている感覚がある。これは日本の大学とは大きく違うところだと思う。日本の大学のように、特定の教授の研究室に所属することが無いからできることなのだろう。
ただ、ジロ教授の研究室にいたアシスタント曰く、「日本の大学は、一人の教授と密に関わって、一つのことを深く学べるんだろ? それはとてもいいことだよ。ETHではたくさんのことに触れられるけど、そういう経験はなかなかできないからね。」とのことだった。これは海外の教育体制が良いという話ではない。どちらも一長一短なのだと自分は思った。
この授業スタイル自体はETHに限った話ではないだろうが、自分は両方を経験できたことはとてもよかったと感じている。
五木田
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