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”適当”な街、ミラノ

こんにちは。

イタリアはミラノに留学中の大島です。4月に入り、ミラノは夏さながらのぽかぽか日和で人は広場に寝転がり、行く人行く人がサングラスを掛け、おしゃれに街を歩いている今日この頃です。

Piazza Leonardo Da Vinci

今回は第二回テーマ「街並みをつくる文化、生活、人」ということで、“人”に注目して語っていきたいと思います。因みにぼくが語るのはあくまでも「ミラノ」を対象としますので、イタリア全てに言えることではありません。

さて、ミラノの人ですが、皆さんどんなイメージを持ちますか?大抵の人はミラノというよりはイタリア人は、情熱的で紳士、料理がうまくて、自由人、そんなところでしょうか。

ぼくがミラノに来て、フラットメイトに尋ねたところ「ミラノにいる人はフランス人よりは真面目でなく、スペイン人よりはおおらかでない。」でした。まさかのどっちも劣っているという、、、中途半端です(笑)。

その時は正直その意味がよく分かりませんでしたが、生活してたくさんの人を観ていくことで、それは「適当」なんじゃないかなと思いました。適当と言っても変な意味ではなく、丁度いいということです。

ミラノの街並みを歩くと、そこかしこの壁に落書きを見ることができます。これがまた絶妙にクオリティが低い(笑)。基本的に文字だけ、繊細な絵なんてほとんど見たことがありません。それが壁という壁にあるのだから驚きです。世界遺産の都市ともいえるイタリアですから、そういったところには気を配ってほしいなと思ってみると、確かに意識はあるようで、上から新たに塗り直している所を見つけることもできます。。。が、これもまた絶妙に基の色と差があるし、結局その上から更にまた落書きされてるわけで、なかなか困った世界であるといえます。

落書きされた建物壁面

ただこうした落書きの壁も生活していると馴染んでくることがあるんです。落書きの範囲は結局人の手が届く範囲であり、つまりはヒューマンスケールを生んでいます。これは少し威圧があり、様式に固められた文化都市に人間味を生み出し、親しみ安いスケール感を少なからず持ってきているといえるのかなと。

こうした落書きも街を適当にしているんですね。

落書きの壁を塗り直した建物

またミラノの街中に残る建築は、割と華やかな装飾が目立つ、いわゆるアール・ヌーヴォー建築がよく見られます。イタリアでアール・ヌーヴォーというとあまりイメージないかもしれません。そもそもイタリアではそのような建築様式をリバティ・スタイル(様式)と呼びます。アール・ヌーヴォーの芸術運動に少し遅れをとったイタリアは、その様式にトルコなどのアジアの芸術文化も加え、独自の様式に展開しました。それがリバティ・スタイルというそうです。ミラノはその様式が顕著に表れ、強く影響を及ぼされた都市でもあります。

文字通り自由な様式は、それまでの芸術様式を独自にアレンジし、自分たちの感性に合う、適当なものへと形を変えたといえましょう。

とあるリバティ・スタイルの建物

さらにミラノという都市は、古代ローマによって征服されてから幾度となく統治者が変わっています。一時期は彼のナポレオンもいたことがあるんですよ。そのようによく言うと変化、悪く言うと不安定、な都市・政治の移り変わりの中でもがいてきたからこそ、その場その時に対応できる柔軟な人間ができているのかもしれません。

またそれに加え、ルネサンスを盛期とした職人気質が混ざることで、今の適当さを育んでいるともいえます。

因みに歴史的都市とはいえ、もちろんビルや高層マンションも建ってます。その辺りの柔軟さもミラノぽさの一つでしょうか。

段々と逸れてきた気もするので、そろそろまとめます(笑)。

こうしてみるとやはり建築・都市というものは、人によって成されるものなんだと思わされます。ミラノの都市は、人の生み出す適当さがあるからこそ、雑過ぎず華麗過ぎない生活しやすい丁度いいものになっているのではないかと思います(あくまでも全てぼくの見解ですが)。

Duomo 屋上より

今回はミラノの人に絞って(絞れたかわからないが)街がどうできているのか簡単ですが語ってみました。正直まだ語りたいことは山ほどありますが(ミラノの人は実はあまり外に出たがらないとか、、、)。この辺でお暇します。

では、また!!

Buona giornata!

大島堅太

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