山と湖に囲まれて育つ、真面目で柔軟な人びと
こんにちは。スイスに留学中の五木田です。
今回はスイスの街と人と、地形の関係について話そうと思う。
第2回のテーマとは少し外れているかもしれないが、スイスの文化も街並も、これを抜きにしては語れないはずだ。まず大きく地形の話からたどって、どんな風にチューリッヒの街が出来ているか、そしてそこで暮らしている人びとにクローズアップして話をしていく。
スイスと言えば山。
多くの人がそんなふうに考えるだろう。実際に自分がスイスに住んでみてもこのイメージは変わらなかった。やっぱり山ばっかりなんだ、と、そう思った。wikipediaには『面積は41,290km²(日本の九州よりもやや小さい)と小さな国で、うち96%の39,770km²が陸地である。』
『スイスの2/3の面積を占めるアルプス山脈の平均標高は1,700mで、このうち4,000mを超える山は48ある。』とある。
ほぼ山。しかも高い山ばかりだ。
![](https://static.wixstatic.com/media/d14a6a_7a039ad65180442bb8b2202f729aef5a~mv2_d_4496_3000_s_4_2.jpg/v1/fill/w_980,h_654,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_auto/d14a6a_7a039ad65180442bb8b2202f729aef5a~mv2_d_4496_3000_s_4_2.jpg)
ゴルナーグラードからの景色。ツェルマットから登山鉄道で30分ほど。電車で行けてしまうのがすごい。
アルプスの山々がつくり出す急峻な地形と、谷を下る川、そして山が器の役割をしてできる湖、これらがスイスの街のかたちを決めている。今までに訪れた街や、道すがらで見かけるどの街を見ても、斜面にへばりつくように街ができていて、多くは湖に接している。スイスの主要都市であるルツェルンやジュネーブなどを見てもわかるだろう。
このことは、以前チューリッヒからイタリア方面へ向かう際にとてもよく実感できた。アルプスを約17kmにわたって貫くゴッタルドトンネル(Gotthard Tunnel)をはじめ、このルートではところどころでトンネルを通過することになる。トンネルを抜けてすぐに目に入るのは山と湖と、ほんのちょっとのスペースにへばりついて建っている建物。風景はとても立体的で力強い。晴れた日はとても美しいので、機会があれば是非体験してみて欲しい。
![](https://static.wixstatic.com/media/d14a6a_f499d139fa1b40198bc4ee144b3ea0a3~mv2_d_4035_2711_s_4_2.jpg/v1/fill/w_980,h_658,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_auto/d14a6a_f499d139fa1b40198bc4ee144b3ea0a3~mv2_d_4035_2711_s_4_2.jpg)
スイス南部のツェルマットへ向う電車からの風景。車を使うと湖の側を走れる。
チューリッヒの中心市街もまさに山と湖に囲まれ、川が平地の街並に骨格を与えるように作られた街。チューリッヒ湖と3方を山に囲まれ、その間のY字の谷地にチューリッヒの中心がある。谷から流れて来るリマト川が背骨のようになっていて、ちょうど川が湖に到達するあたりが街の中心だ。いわゆる旧市街もここにある。平地はほとんど無く、土地が平らなのは谷の底の土地と中央駅の周辺だけ。街中のどこにいても山の斜面が見える。
![](https://static.wixstatic.com/media/d14a6a_e752363728004445a60dac79a6f988f7~mv2.png/v1/fill/w_980,h_575,al_c,q_90,usm_0.66_1.00_0.01,enc_auto/d14a6a_e752363728004445a60dac79a6f988f7~mv2.png)
南に見えるのがチューリッヒ湖。一番右の点が大学の本キャンパス。中央駅と近いようだが意外と高低差がある。
自分の交換留学先であるETH Zürichは市内に大きく二つのキャンパスを持っているが、どちらも丘を登ったところにある。特に建築学科の入っているホンガーベルグ(Hönggerberg)キャンパスは、ドイツ語の"Berg"が「山」を意味するように、完全に山の上にある。東工大がある大岡山とは比べ物にならない、ちゃんとした山だ。市街地とは気温も違うし天気も違う。山を登ると緑の丘と森の中に牛や羊が放牧されていて、いかにもスイス的な風景が広がっている。そんな中にETHの現代的な建物が突然現れる形になっていて、初めはそのギャップに驚かされた。これはチューリッヒの街の小ささをよく表していて、30分も電車に乗れば、いわゆるスイス的な牧畜と草原の風景を目にすることができる。ホンガーベルグと街の中心地との関係は、ちょうどこの距離感を高さに置き換えたようなものだろうか。
山に囲まれた街で最も重要な位置を占めているのは鉄道。地図をみても分かるように、鉄道の軌道がかなりのスペースを占めている。これに沿うようにかつての工場跡地がつづいており、現在は再開発によって新しい建物が建てられている。街で一番目立つ建物であるプライム・タワー(Gigon/Guyer設計)もこの中にある。再開発地区以外の建物の高さは法律で規制されているようで、だいたい5〜6層程度で抑えられている。高層タワーのようなものはほとんどないため、プライム・タワーは特に目立つ。その他に街のスカイラインを構成するのは、Kornhausという元穀物用サイロに増築されたタワーとゴミ焼却場の煙突。なんとも味気ないが、工場集積地だったことを考えれば納得できる。
![](https://static.wixstatic.com/media/d14a6a_0717e5e025414626ae0bf9ed26ab453f~mv2_d_4496_3000_s_4_2.jpg/v1/fill/w_980,h_654,al_c,q_85,usm_0.66_1.00_0.01,enc_auto/d14a6a_0717e5e025414626ae0bf9ed26ab453f~mv2_d_4496_3000_s_4_2.jpg)
旧市街にある教会の塔からの風景 。写真が暗くて見にくいが、前述の3つの建物がすべて見えている
谷地に街がある以上、大規模な交通網は谷地の中心に集中する。そのため、主要な道路網も鉄道と平行して存在している。また、斜面に住宅地が作られているチューリッヒでは、対岸を繋ぐ道路も重要になる。高速道路と対岸を繋ぐ道路は高架になっており、一枚レイヤーが足されたような形になっている。これらが結びつけられている中央駅周辺はいつも混雑。夕方になるとリマト川に沿って渋滞が起こる。大きい道路が少ないせいもあるだろう。
次に街の中で目立つのはトラムだ。チューリッヒ市街のだいたいはトラムで行ける。ヨーロッパの街といえば広場だが、大きい広場はだいたいトラムの結節点になっている。多くはバスのターミナルでもあり、チューリッヒの場合、広場は市民交流の場というより公共交通のための場所である。
このように、街を特徴付けているのは街並というよりもインフラストラクチャーである交通網だ。前回の自分のブログでも言った通り、チューリッヒの街は新しく、現代的だ。この印象は建物の新しさと同じく、こうした交通網の発達具合からも感じられる。
チューリッヒというよりスイス全体として、ニュートラルな、柔軟な雰囲気を感じる。スイスはそもそも4つの言語を公用語としていて、様々な国の文化が混在している。国の60%がドイツ語圏、20%弱がフランス語圏、6%程がイタリア語圏である。また最後の公用語であるロマンシュ語は、スイス独自の言語でイタリア語とフランス語の両方の特徴をもつ言語だそうだ。これだけの言語が混在しているため、スイスでは小学校の頃から英語が教えられる。このため、スイス人の多くは少なくとも2カ国語、大学のレベルになると3カ国語以上話せる人が結構いる。
これだけの異なる言語が混在しているのがスイスの特徴だ。「スイス人」という人種が存在する訳ではなく、それぞれの言語に沿って、ドイツ人、フランス人、イタリア人が住んでいて、共存している。言語が違えば文化も異なる。大学で一緒に生活していると何となく分かる。自分のスイス人の友人達は、彼等の母語で話す人たちでつるみがちだ。一方で時間に正確で真面目、「ありがとう」は「メルシー」だし、別れのときは「チャオ」なのは共通している。ワインもビールもそれぞれ有名な産地がスイスにはある。
しかし、スイス国内での民族闘争というのは聞いたことがない。それどころか、もともとこの国にはなかった英語を取り入れ、公認でははないものの、実質的な公用語になるまでになっている。この柔軟さは、子どもの頃から文化の違いに触れている「スイス人」だからなのではないだろうか。ニュートラルな雰囲気というのも、こうした一つに定まらない多様な文化にも由来しているのではないだろうか。街の新しさも、この雰囲気と無関係ではないだろう。
急峻な山々のために、土地は人間が入り込みにくく、技術が発達するまで大きな街が生まれにくかった。山によって文化も分断され、点々と様々な人種が混在したまま現在に至っている。産業革命以降に急速に発達した街は、それまで森だった部分を開拓してできた土地に作られた部分が多い。現在のチューリッヒが現代的な建物が多いのもこのためだといえるだろう。
たくさんの文化が混在していることと、新しい街並、そして柔軟な人びとの雰囲気は、この急峻なアルプスの山々が生み出したものといえるかもしれない。
五木田
Comments